臧鈺嬌 感謝の気持ち
外國へ行って留學するのは、外國語を勉強するみんな共(gong)通(tong)する夢だろう。
私は學(xue)校にいるとき、とても日本へ行きたかったですそして先(xian)生にたくさん留學(xue)についての問題を教えてもらいました。ずっとそのことのために頑(wan)張りました。あの時、母親はとても賛成(cheng)してくれました。「日本へいくこと」を。
しかし、良い時(shi)はいつまでも続かないただし。あの時(shi)、父親は交通事故のせいで天國(guo)へ行きました。母も私も、家(jia)族のみんなも苦しかったです。だから、あの數(shu)日やる気がありませんでした。勉強(qiang)する気持ちもありませんでした。そしていつも一緒に遊んでいた、かつてさんは私の異常を発見しました、ずっとそばにいて、私を慰めて勵ました。それからだんだん悲しみから抜き出せて本來(lai)の姿を取り戻せました。だから、彼女のおかげで、順調(diao)に卒業出來(lai)ました。でも夢(meng)は仮に諦めらなければならなかったです。
けれども、卒業(ye)(ye)した一年の後、今センターにいます。本(ben)當に母親(qin)(qin)に感(gan)謝しています、卒業(ye)(ye)した後、ずっと仕事のことについて悩んでいました。そして、ある日母親(qin)(qin)は「娘よ、まだ日本(ben)へ行(xing)きたいんですか、留學じゃなくてアルバイトはどうちょっと考えて。もし行(xing)くなら、自分なりの時間で日本(ben)語の勉強を進めるだよ、こうしたらまた夢に追うことができるね」と言(yan)(yan)いました。こんな言(yan)(yan)葉を聞(wen)いた途端(duan)に、なんか感(gan)動する気持(chi)ちが生じてきて、直ちに同意しました。だから今センターにいることができます。母親(qin)(qin)のおかげですもし自分なりの力で日本(ben)へ行(xing)くなら、30歳後のことだと思います。
また一ヶ月ぐらい家を離(li)れて日本へ行きます、家族(zu)が惜しい代わりに日本の生活を憧(chong)れます。これからの三年間、母親の信頼と自(zi)分の夢のために、頑張(zhang)ります!