王磊 日本語の勉強について
煙臺國際に入(ru)ってから、もう半(ban)年経(jing)ちました。今(jin)年6月に日(ri)本へ行きます。光(guang)陰矢の如し、入(ru)學式(shi)はついこの前のようにありありと目に浮かびます。五十音図を習うことから始(shi)まり、第6課を勉強してから、一週間に1回日(ri)記を書(shu)き、だんだん豊かな內容を書(shu)けるようになり、作文も書(shu)け、日(ri)常生活の會話(hua)もできるところまできました。まだまだですが、日(ri)本語(yu)能力(li)は確かに高くなり、學習の成果もあがりました。
日本語の勉強は山に登るようで、最初は大変面(mian)白いと思(si)いました。山の麓では準備を整え、力(li)がいっぱいで、自信を持って出発(fa)します。
五十(shi)音図を習った頃(qing)、私(si)は日(ri)(ri)本語の勉強が楽しくて、毎朝6時(shi)(shi)に起きて、テキストを読(du)んでいました。ア、イ、ウ、エ、オなどのカタカナを全部(bu)暗(an)記するのはそんなに簡単(dan)ではありませんでしたが、必死(si)に頑張(zhang)りました。その結果(guo)、一週間かけて全部(bu)覚(jue)えることができました。日(ri)(ri)本語を習うため、『ドラえもん』や『ちび丸子ちゃん』など幼(you)い時(shi)(shi)からの好(hao)きなアニメをもう一度見(jian)ました。そのほかにも、今の若者の間でかなり人(ren)気のあるアニメもいくつか見(jian)ました。アニメといえば、巨匠宮崎駿(jun)です。『千と千尋の神(shen)隠(yin)し』、『ハウルの動(dong)く城(cheng)』や『崖の上のボニョ』などが大好(hao)きです。これらのアニメの多くは人(ren)間的な溫かさを感じさせます。アニメの中にはきれいな日(ri)(ri)本語がたくさんあります。聲優の聲は優しい時(shi)(shi)もあれば、亂(luan)暴な時(shi)(shi)もあり、時(shi)(shi)々子供っぽいところもあって、とても面白いです。気楽な気分(fen)で日(ri)(ri)本語を勉強しました。
登山の途中、最初の楽(le)しみも終わらないうちに、次(ci)から次(ci)へと困難(nan)なことが起こります。道に迷(mi)うことや疲れることが多くなりました。頂(ding)上までまだどのぐらいあるか、この後どんな困難(nan)が待っているのかよくわかりません。だから、その頃、私(si)は迷(mi)いと困難(nan)の中にありました。
新日(ri)本(ben)(ben)語基礎Ⅱから日(ri)本(ben)(ben)語の勉強はだんだん難(nan)しくなりました。文章も長いし、文法も難(nan)しいし、尊敬語も謙遜語もありました。いくら努力しても、新しい単(dan)語や文法はなかなか覚えらなくて、とても大変でした。時々、自(zi)分(fen)は日(ri)本(ben)(ben)語をうまく身(shen)につけることができるのか、精一(yi)杯頑(wan)張(zhang)っても日(ri)本(ben)(ben)語のレベルが向(xiang)上しなかったら、どうするのかなどの不安を抱(bao)いていました。だんだん自(zi)信(xin)も無くなりました。
しかし、そんな時(shi)、姜先生も仲のいいクラスメートも、それからいつも心(xin)配してくれている親も、皆そばにいて、いつもわたしを勵ましてくれます。みんなの支えのおかげで、つらい時(shi)を乗り越えることができました。
登山者は頂(ding)上まで努力し続けます。今(jin)の私(si)もそう思(si)います。どんな困難があっても、どんなに辛くても、日(ri)本語を習う以上は最後(hou)まで頑張(zhang)ります。途中で諦めません。今(jin)の私(si)は本當にいい環境に恵まれて勉強していますから、感謝の気(qi)持ちでしっかり勉強するべきです。両親、優れた先生、親しい友達(da)「みんな、ありがとうございました。私(si)は必ず最後(hou)まで頑張(zhang)ります。」